注目トピック事例
時計仕掛けの摩天楼②
21.01.17
そろそろ未来の話をしましょうか。
時まて②キターーーー!
なんやねん 時まてって。
ちなみに『瞳の中の暗殺者』もオススメなので、是非見てみて下さい!

いつの間にか人間すり替わってるし。
僕はこれからシャンバ(シーシャカフェ)BOYsの一員として、福岡に行くことになりましたので、今日はご挨拶がてらお邪魔しました!
シャンバBOYsとしてこれから一層の活躍を期待しています!
あざす!期待しててください!
未来の話ってなんなん?
俺は自分の未来に手一杯やから、環境とか地球の未来について考えようとかはやめてや。
大丈夫です!
「太陽は十億年後に爆発するだろう」等の予測も未来の一つですけど、十億年後の太陽とかあまりにも抽象的過ぎるし、言うたら僕たちには直接関わってこないですからね。
やっぱり自分の明日とか十年後とかを考えてる時こそ、未来という時制を具体的に体験することになりますね。
良かったー。言い方は回りくどいけど、簡単そうな話やったー。
前回は実は過去についての話をしてたんですが、それをまとめると、
過去を日常的な時間と特別な意味をもつ時間に区別して、前者における過去の体験を“情報化された記憶の想起”、後者における過去の体験を“全体として蘇る記憶の想起”として特徴づけました。そして、後者こそが本当の過去である、というのが結論でしたが覚えていますか?
???
覚えてないと思いますが話を進めます。
この二分法を、未来についても用いてみます。
つまり、日常的な未来の体験と特別な意味をもつ未来の体験とに区別して考えてみて、後者こそが本当の未来や!って結論に向けてreadyゴー!
置いてきぼり。
えーーとじゃあ、ショーゴBOYの思う未来って何ですか?
未だ来ていない時間。これでしょ。
単純すぎる気もするけどその通りですね。
つまり、「未来は現在においてまだ存在してない時間」っていうのが重要ポイントです!
まあたしかにそうですけど、そんな存在してもないし触ることもできへんしどうなるかも分からへん未来のことを考えてる時間があったら、僕は今この瞬間をむちゃくちゃ楽しんで生きたいですけどね。
あー言っちゃった。全部飛ばされた。でもやっぱりそれが大前提で出てきますよね。
まだ存在していない未来に対して僕たちが出来る事といえば、未来が現在になるのを「待つ」ことだけなんですよね。そして、未来が到来した時のために準備をすることです。
でしょ。
僕たちと未来の関わりって、「待つ」という行為に集約されてると言っても過言ではありませんよね。
ちなみに、日常生活で何かを待つシーンってどんな時が思い浮かびます?
はいはいはーい!
電車来るの待ってる時!
バスとかね。あと席空いてなくて立ってる時、早よ目的地着けって待ってますね。
はいはいはい、いいですね。
ということはこれ即ち、日常生活において何かを待つということは、「ある目的を達成する手段として行われている」ということですね。
今の例で言うと、電車に乗るということは、駅に到着するという目的を達成するための手段ですね。
ふむふむ。
ふむふむじゃねーよ。
ここは、「それ前過去の話してた時も同じこと言うてましたね!」でしょ。
覚えてるわけないやろ。まずちゃんと聞いてない。
心が折れそうやから独り言言ってることにしよ。。
過去について話してたときも、「日常生活では記憶が目的を達成するための手段になる」っていう話をしました。
つまり、僕たちの日常生活は原則的に“目的と手段の関係”によって支配されています。
その関係に基づけば、僕たちの行為がある目的を目指している時、その目的は必ず未来にあるということになるでしょう。そして、未来へと向かう現在の行為は手段という性格を帯びることになります。
話がむずいねん。
じゃあさっきの電車である駅に向かってる時の例で言うと、
駅に到着するのが未来で、電車に乗ってるのが現在です。オーケー?
オーケー。
そして、駅に到着する事が目的であって、電車に乗るということがその手段です。この時、目的は未来にあって、その手段が現在の行為であるということになります。
簡単やないかい。
ずっと簡単ですよ。分かろうとさえすればずっと簡単なことを言ってるんですけどね。
ほんでだから何なんですか?
だからね、僕という人間は、弱い生き物なんです。。。
なになに?悩みあるんやったら聞くで~。
日常生活において、しばしばそういう未来に囚われるあまり、未来を一秒でも早く実現したいと欲してしまうんですよね。。。
う、うん、分かる分かる~。
たとえば、目的地に到着するために、電車より速いバイクを選んでしまいますし、もっと遠くやったら、バスや電車より新刊線とか飛行機を選んでしまうんですよね。
それは言い換えるなら、一秒でも早く未来を実現してしまいたい、という欲望に他ならないですよね。
あぁ~そういう時もあるよね~。
でも、未来ってまだ存在してないから未来やのに、その未来を早く実現させたいと思う事は、未来を否定することになりますよね。もちろん、目的が効率的にかつ迅速に達成されることは悪いことではないし、その為の努力も無意味ではないでしょう。でも、一秒でも早く未来を実現したいという欲望は、場合によっては僕の生活を息苦しくさせてしまうんです…!
ちょお待って。余計なこと考え過ぎちゃう?
余計なこと考えなくて、何のための人生ですか?
ほな例えばですよ。好きな人とLINEしてて、よし今や!と食事誘ったとします。でも待っててもなかなか返事がきません。今日はもう寝たんかなーとか思って、返事が来ることを期待しつつ眠ります。そして翌日、お昼過ぎても返事来ません。あれー?まだ寝てんのかな?それとも今日も忙しいんかなー?なんて気になりつつバイトに行きます。
それ既読はついてんすか?
じゃあ未読としましょう。
そして夜になっても返事は来てません。え?もしかしてなんか変なこと言ったかな?それかなんかあった?事故とか?!などあらゆる妄想が渦巻き、もうこちらとしては、一刻も早く相手から返事が来るという未来を実現したい欲がどんどん燃え上がっていきます。息苦しいですね。
息苦しいですね(笑)
やがて耐えられなくなり返事を待たずに、「なんかあった?大丈夫?」「忙しかったら全然いいよー(笑)(笑)」と追いLINEを送ってしまう。
あーあ(笑)
気持ち悪いから相手は逃げてしまって、もしかしたらデートできてたはずやのに、できなくなってしまったり。。
こんなふうに一秒でも早く未来を実現したいという欲望を抱くことで、かえって未来を遠のかせ、それによって悶えることになってしまうという完全な悪循環。
(笑)
(笑)
さっきからわろてますけど、あなた達も絶対通過してるでしょ。
そんなん覚えてない。
ないっすよ。
とまあ、こうした息苦しさはLINEに限らず様々な場面で起こることですよね。早くこれをしなければならない。その為に今できることは何か。そんなふうに躍起になってると、僕たちはどんどん疲れ果ててしまいます。なのに日常生活において僕たちはしばしば待つことに耐えられなくなり、早く未来を招き寄せたいという欲望に囚われてしまうのです。
たしかに。
そしてこの一秒でも早く未来を実現したいという欲望の対極にあるのが、「待つ」という行為です。
ほう。
「待つこと」って、ある場合には精神力を必要とする行為ですよね。こちらからは手を出さないという行為で、いわば行為をしない行為です。自分の欲望を滅却させて未来と向き合う態度ですね。
なるほどね。
でもそれは未来に対して何もせずに怠けることを意味するのではなくて、何かを待つということは、未来が到来した時に反応できるよう、常に「注意」を傾けるということを必要としてるんです。
「注意」とは何ぞ。
さっきの、相手からのLINEを待ってる例で言えば、早く返信が欲しいという欲望を克服して、自分からは動かないでじっと待つけど、相手が返信して来たら、すぐに応答できるように相手を気にかけ続けておくということです。つまり、「手を出さずに相手の出方をじっと窺う」ということです。
それもなかなか気持ち悪いっすね。
難しいところやけど、それを気持ち悪いとするのは妥当ではないと思う。ポイントは、「そのうち返信あるやろうから、今は考えんとこう」って言い聞かせてるのではなく、もう絶対返ってくるものとして晴れやかな気持ちで返信を待っているということです。
ハッピーな奴やな(笑)
すごく精神力を使うことですよね。
一刻でも早くLINEの返信が欲しい、でも来ないから病む、それで何らかの行動を起こして周囲に迷惑をかけてしまったら、自分自身を余計息苦しくさせてしまいますよね。
その欲望を克服して「待つ」ことが出来るということは、自由であることの証です。
無我の境地やな。
こんなふうに、「待つこと」は未来がもつ「まだ存在しない」という性質と正面から向き合う行為だと思いませんか?言い換えるなら、それは現在において未来を未来として体験することに他なりません。
なるほどね。でも日常生活では難しいことですよね。
せやな。「待つこと」はあくまでも非日常的なものですね。日常生活の全てをこんな風にじっと待ってたら、生活が成り立たんくなりますよね。でも人生で何回かはこんな風に誰かや何かをじっと待つことが必要になるかもしれませんね。
わー。完全に待ったことがある人の言葉や。
また非日常ですか。僕たちの日常生活はそんなにあかんのですか。非日常が素晴らしいもので日常生活が悪みたいに言ってくるけど。
ほえー。なるほど。良い指摘です。
あ、あざす。
ではその考察もふまえて、次回は『現在』について検討していきましょうー!
まだ続くんかい。
俺の出番増えてるからいいけど。