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時計仕掛けのオレンジ③

21.01.30

現在の話をしましょうか。

きたー!やっと現在のこと考えれる。長かった〜。

前回、最後の方になんかよく分からん⚪︎⚪︎毛パーマの男性が「じゃあ僕たちの日常生活は悪なんですかー??」などと供述しておりましたので、それをふまえて考察していきましょう。

ヤバイやん。
あいつ今金髪なってメンノン系に生まれ変わったらしいで。
気になる人はShamba覗きに行ってみて〜!

そんな彼が言いたかったのは、
日常生活が僕たちの時間を奪うとか、時間を見えなくさせてしまう、みたいなことやと思います。

やらなあかん事に追われてたら、あっという間に日暮れてるあれね。

違います。

はにゃ???

この方には帰ってもらいましょう、時間の無駄なんで。
あと下品なこというのやめてください。

き、貴様ぁ〜〜〜・・・!

ということで続けます。
そういう、日常生活が時間を奪うと感じる場合には、日常生活そのものというよりも、それを支配している目的と手段の関係に目を向ける必要がありそうですね。

過去と未来の話のときも日常生活では目的と手段の関係に落とし込まれてましたよね。

その通りです。
今回の現在をめぐる考察は、この目的と手段の関係に鋭く切り込んでいくことにまります。

なるほど。これまでは、現在において過去や未来をどう体験するかを考えてましたよね。だからそこには時間的な幅みたいなものがイメージできました。

そうです。でも、現在を過去や未来から切り離して考えるなら、僕たちは現在を時間的な幅の無いもの、いわば「瞬間」として考える必要があります。その「瞬間」としての現在を、ある非日常的な時間として考えていきましょう。

はい。そしてさっさと終わらせましょう、この寒い時間を。

もう大丈夫、何故って?私が来た!!

帰ってください。

日常生活における現在の無意味化

さてまず、現在を過去と未来から切り離すということは、瞬間瞬間を生きるということになります。
これに対して私たちの日常生活は、常に未来と過去との密接な連関の上に成り立っています。

何の話ですかー?私が来たよー?

ほら、最悪です

えーと今までの独り言をおさらいすると、
日常生活において、過去は情報化された記憶として使用されます。例えば言語を使用する時、それは必ず過去に学習された記憶です。
日常生活において未来は、一秒でも早く実現されるべき時制として感じられます。なぜなら未来は現在の行為の到達目標として考えられるからです。
こうした過去、現在、未来の繋がりの背後に控えているのは、日常生活を支配する目的と手段の連関です。

なにが???

「なにが」???

では電車の例で考えてみましょう。
僕たちは正しい電車に乗るために記憶を引き出しています。「〇〇線の〇〇行きに乗れば〇〇駅に到着できるよなー」って感じです。そうやって現在の行為は過去と結びつきます。

あ〜都営地下鉄派か東京メトロ派かってことか。

違います。

はにゃ???

また同時に、電車に乗るということは必ず目的地を目指す行為です。そして目的地に到着するのは未来においてです。「〇〇駅に○分着やなー」のように。このようにして現在の行為は未来とも結びつきます。

俺は目的なく電車に揺られて知らない駅で降りたりするの好き。電車乗ってる時間も好き。

青春18きっぷ買ってどっか行ってください。

日常生活では過去と未来と現在は一つになってるんですね。
あれですね、良し悪しは置いといて西洋的考え方のやつですね。
そもそも「未来」という概念がない人たちもいますからね。

それは知らんけどとにかく、過去と未来と現在が一つになってることがかえって過去と未来とを見失わせてしまう…ということが、今まで考察してきたことです。

前回言うてたのは、一秒でも早く目的地に到着したいという、いわば未来の否定ですね。
鈍行より快速、快速より特急、特急より新幹線、新幹線よりリニアを選びたくなるという。

そうです。そのことが意味しているのは、電車に乗ってる時間は短ければ短いほどいい、すなわち移動時間は無ければ無いほどいいということですね。

無ければ無いほどいいのは、書類の手続きとかもそうですね。

調理のオペレーションも少なければ少ないほど良い!

そうですね。しかし、ここで少し考えてみましょう。さっきから言ってるように、僕たちの日常生活において現在は、常に目的への手段という性格を持っています。しかし、手段は無ければ無いほど良い。そうである以上、現在は無ければ無いほどいいものになります。

現在は無意味ってことになっちゃいますね。

そうです。僕たちが現在を未来に到達するための手段と捉えている限り、現在は固有の価値を持たなくなり、無意味なものに変容します。例えば電車に乗ってる時、意味あるのは駅に到着することで、電車に乗ってること自体には意味がありません。

俺は電車乗ってる時間好きやけどね〜!

電車でなんかできたらいいですけど、何もできなかったら確かに早よ着いてってなりますね。

そういう苦痛な時間の例は無限にありますよね。
試験に合格するためだけに勉強すること。企業に就職するために履歴書を書くこと。お金を稼ぐために労働すること。ダイエットのために走ること。友達との仲を維持する為に頻繁にLINEの返信をすること。。

そういう時もあるよねーー!

瞬間を生きること

もし無意味でない現在がありうるとしたら、それは目的と手段の関係では捉えることのできない現在でなければなりません。
手段でないということは、役には立たないということです。
ただし、役には立たないけど意味がある現在のあり方です。
それってどんな時ですか?

食ってる時!酒飲んでる時!遊んでる時!

なるほど。何でですか?

だってべつに目的があって食うわけじゃないからな。ただ食いたいから食う。生きるために食ってるんじゃなくて、食うために生きてんねん俺たちは。

俺たちって誰ですか。私入れないでくださいね。
でも確かに、遊ぶ時は深い目的があって遊ぶわけじゃなくて、遊びたいから遊んでるんですよね。そういう意味では別に何の役にも立たないですけど、自分にとっては意味があることですよね。

素晴らしい回答ですね。
その通り、遊ぶことは僕たちの役には立たないけど、意味のある時間を与えてくれます。何か目的があって遊ぶわけではありません。そうである以上、遊びは手段ではありません。なので遊んでる時の時間は無意味ではないし、だからこそ苦痛でもない。むしろ楽しいですよね。

楽しいとあっという間に時間過ぎる〜!

最高ですね。たしかに、遊びに夢中になってる時、時間があっという間に過ぎてしまうのを感じますね。
遊びは目的と手段の関係で捉えられません。それは現在が未来や過去との結びつきを必要としないということを意味しています。遊びは、日常生活の時間の流れから切断された、ある限定された時間として体験されます。

すなわち、夢中になるということが、切断された時間を生きるということですね。
私の師匠もそれ言うてました。

わ〜サプライズゲスト!

それって一瞬を生きることに他なりませんよね。そこには時間の流れが存在せず、ある一瞬だけが存在してます。
これは、目的と手段の関係に支配された日常を生きることよりも、この一瞬を生きることを優先順位上にしてるということですね。

明日に余力を残さず、この一瞬に全てを使い果たすのは、確かに現在が輝いてる感ありますね。なんか特別な感じします。

そうです、僕たちは「特別な意味を持つ時間」についてお話してきました。
過去については、持続する記憶が思い出されるとき、未来については欲望から自由に何かを待つとき、現在については夢中になって一瞬を生きるときを考えてきました。

どれも日常生活の中では見えてこなくて、ある特殊な状況だけで現れるやつでしたね。

その通りです。ずっとは続かないものです。遊んでても、いつかは日常生活に戻って勉強や労働をしないといけません。そういう意味では僕たちは特別な意味を持つ時間にずっと接し続けることはできないですね。

いと嘆かわし…

ところでなんで僕たちは日常生活から逃れられないと思いますか?
例えばなぜ、労働しないといけないと思いますか?

働かないと食べれないから!

食べないと死んじゃうから!

その通りですね。生きていくために日常生活を営まないといけない、言い換えるなら、僕たちを日常生活へと拘束しているのは『死』に他なりません。

『死』が俺たちを拘束している、、だと・・・?

死なないために食べないといけない、食べるためには働かないといけない、働くためには就職しないといけない、就職するためには…みたいな感じで、目的と手段の関係からなる日常生活が現れてきますね。

了解です。もう大丈夫です。
巷で噂の「今を生きよ」的なメッセージをこんなに長く分かり辛く説明してくださりありがとうございました。

ぐぎぎ…まとめたつもりやのになんてひどいこと言うねん…

まあ結論だけ言えば大した話じゃないですけど。その単純なことあなたはできてるんですか?

アディオス。

アディオス〜!!!

またそのうちどこかで次は『死』についてお話できたらいいですね!
アディオス!

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